PIOピアノ雑記帳

ピアノ、音楽関連の話題を主とした雑記帳blogです。

カテゴリ: 芸術(音楽以外)

「思い立ったが吉日」とばかりに、行ってきました。
コロナ対策のため、事前に時間を予約する必要がありますが、「押し合いへし合い」になることなく、ゆったり鑑賞できるので、これはいいシステムだと思います。
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朝から授業を二つやって、ねじり鉢巻きで仕事もこなして、
  • 16時~16時半の間に入場
という予約券で、入りました。
この時間帯、おすすめです。
17時半で閉館ですが、特別展を見てから常設展もざっと見て回る余裕がありました。
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特別展のほうは、よく考えられた展示だなあと思いました。
ヨーロッパの美術史の流れや、
覇権の移り変わりなどもよくわかり、興味深かったです。

一番印象に残ったのは、最初の部屋

Ⅰ イタリア・ルネサンス絵画の蒐集

15~16世紀の絵画だというのに、なんと鮮やかな色使い。
圧倒されました。
これは、ヨーロッパの北の方の国々が、イタリアという国にあこがれたわけだなあ、と実感。

呼び物になっていた、
フェルメールの「ヴァージナルの前に座る若い女性」は、
ヴァージナルという鍵盤楽器に心惹かれましたが、光線の加減によってもたらされるインパクトは、ほかの作品ほどではなかったような。。。
それよりも、常設展で見た「聖プラクセディス」のほうが印象的でした。
(➡こちらの個人ブログで解説されているのを発見)

ゴッホの「ひまわり」、充実した解説でした。
本物の絵より、解説の充実度のほうが印象的だったくらい。

見やすい、わかりやすい、という点では一押しです。
でも、
国立美術館といえば、
この上野の国立西洋美術館の常設展だって、なかなか見事じゃないか!
とも思いました。
閉館間際という時間帯もあったでしょうが、
大きなモネの水連の絵に囲まれた空間をほぼ独り占めできたりして、至福の時を過ごしましたよ。

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緑と展示室とのコラボもお見事。
いい時間でした。

今日はこちらへ行ってまいりました。
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ただただ、仕事漬け!という日々に嫌気がさし、
午前の配信授業を済ませてから、「いざ、ゆかん!」
15時過ぎに会場入り。
1時間半ぐらいかけて見て回りました。
会期も短いし、混んでいるかも……と思ったのですが、まったくそんなことはなく
ゆったり鑑賞できました。

一番の感想は、
  • ポーランドのポスター、かっこいい!
です。
ショパコンはもちろん、ポーランド各地でのショパン関連のフェスティバルなど
多くのポスターが展示されていたのですが、それぞれなんともクール!
サイズも大きい堂々たるポスターが、ドドンと並んで掲示されている眺めは壮観でした。

それから、ショパンの曲に触発されて描かれたという絵や版画もたくさん。
作品番号だけでは、メロディーが全く浮かんでこないわが身に、
「すみません。出直してきます。。。」
という気持ちにもなりましたが。恥。

とにかく、
ショパンという一人の人間が、ここまで多くの美術人に影響を与えてきたのか!
と舌を巻く思いでした。

彼が生きた時代を実感できるように、という配慮も効いていました。

第1楽章 わたしたちのショパン
第2楽章 ショパンを育んだ都市ワルシャワ
第3楽章 華開くパリのショパン
第4楽章 真実のショパン――楽譜、手紙――
第5楽章 ショパン国際ピアノ・コンクール

そうそう、
有名なドラクロア画、切り裂かれたショパンとジョルジュ・サンドの絵が、
もとの姿に復元され、1枚の絵となっていたのも印象的でした。

去年の夏に3泊してきたワルシャワに、懐かしい気持ちが湧いてきました。
自筆の手紙と、生き生きとした日本語訳の展示で、ショパンの実像に思いを馳せたりも。
異空間にトリップしてきた感じです。

沼野充義(東京大学教授)最終講義をアーカイブで聞きました。
友人からのおすすめ情報。

 

先生のご専門は、ロシア・東欧文学研究、文芸評論。
「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人――村上春樹、大江健三郎からサンギまで」
というタイトルの示すものは、というと……
  • 『1Q84』には「気の毒なギリヤーク人」と題する章があり、チェーホフの『サハリン島』を多々引用している。ギリヤーク人とはサハリンの先住民族の一つで、今はその民族語での「ニヴフ」「ニヴフ人」という呼称を使う。
  • チェーホフは、体調の悪い時期に医者としてわざわざサハリン島に人口調査へ赴き、1万人もの人を対象にアンケート調査をしているが、医学的見地に重きを置く内容ではない。このときの体験が『サハリン島』を生んだ。
  • 村上春樹は、『1Q84』において、上記チェーホフのサハリン行き(辺境への逃避)への詮索として、社会的調査を創作のネタに利用した、都会の批評家から逃げた、等々の意見を載せているが、それらはむしろ村上春樹自身の「辺境への移動」、あるいはサリン事件関係者へのインタビューに対する世の批判そのものでは?
  • 大江健三郎も、『幸福な若いギリアク人』という小説を発表している。「気の毒なギリヤーク人」という章のタイトルは、大江の作を意識しているのでは?
  • 昨年2019年秋に、サハリンで村上春樹の70歳を祝うセミナーが開催された。沼野教授も参加したが、その目的の一つが、二ヴフ人作家のウラジーミル・サンギ氏に会って話を聞くことだった。
➡動画の1時間過ぎからサンギ死のインタビュー動画が始まり、
1時間16分ごろから、突然、寄宿生だった子供の頃の自作詩を歌い始める。

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沼野先生ご自身でもおっしゃっていましたが、
この詩が実に美しい。
一聴の価値ありです。
1935年生まれというサンギ氏の話の生々しさ、その存在感に圧倒されます。

とてもわかりやすく、聞きやすく、かつ深い内容の講義でした。
「世では、最終講義というが、私のは最新講義です」
という立ち位置も、さすがだと思いました。

休館中の京都国立近代美術館
『チェコ・デザイン 100年の旅』から生中継


上記を録画で見ました。
……といっても、全部ではなく、3分の2ぐらい。
びっくりの大長編・3時間番組を2時間ぐらい、です。
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京都国立近代美術館からの中継です。
京都の桜が見られて感激~。
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こちらの方々が解説してくださいました。
やはり、企画した方の解説、裏話とか、面白いですね~。
ニコ動で【ニコニコ博物館】ていうシリーズをやっているなんて、初めて知りました。
興味惹かれるけれども……みんな3時間級のボリュームなのかな(怯え)

チェコ、去年訪れたこともあり、見てみた次第。
なんと、世田谷美術館での展示が終わっていたなんて、知りませんでした。
番組中のアンケートでも、
「この配信で、初めてこの展示について知った」
という人が8割越えでした。私もです、はい。

時代(1900年頃~2020年頃までの約100年)を8区分して、
それぞれの時代を象徴する椅子を「展示の表紙」のように扱ってました。
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(1)1900年前後(国民劇場支配人用の肘掛け椅子)

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(4)1930年前後

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(5)1940年前後


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(6)戦後・1960年前後

時代の変化がわかって、おもしろい。
いちいち画像にしませんでしたが、なんだか和風っぽい柄も多々登場。
(あ、画像はアップしてはまずい?。。あとで削除するかもしれません)
色合いも、どぎつい色より、中間色っぽい日本語のみの色が多くて、親近感~♪
なんだか心理的に近しく感じるなあと思いました。


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「チェコはデザインはいいんだけれども、用途不明になっちゃうことが多くて。
ポスターでも、何の情報を伝えたいのか不明……ってものが多い」
という話が、あちこちに出てきたのも、面白かったです。

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シュコダの車。
BMWは、この会社の技術を羨ましがっていた……とチェコ人は言うそうな。

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掃除機。懐かしい形。

チェコって工業国だったんだ!
と、納得もしました。

この後、おもちゃと、アニメのお話があと1時間続く模様。
時間があったら、後で見ます。
いつまで公開されているのかな。。。

ネット配信、こういうものも面白いですね。
美術関係の配信、お初の体験でした。

今回のショパン研究所の配信ドキュメンタリーは、
『The Breath of the Orchestra』

2013年の「第9回ショパンと彼のヨーロッパ」国際音楽祭の折に演奏した
The Orchestra of the 18th Century(18世紀オーケストラ)
を取材したもの。
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古楽に疎くて全然知らなかったのですが、有名なオケなのですね。
世界的な演奏者が1年のうち、わずかな期間だけ活動するもので、
このオケを率いる指揮者
Frans Brüggen(フランス・ブリュッヘン)
に対する楽団員の信頼の厚いことと言ったら、それはもう!
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楽団員みなが18世紀の古楽器を携えているこのオーケストラが、
ショパンの音楽祭に招かれ、ショパンを演奏する、ということになったとき
「えっ?ショパン?嘘っ!」
との反応も多かったとのこと。
でも、Fransは
「その意義は深い。バッハの流れを受けてこそショパンがある」
との立場で、演奏が実現したとのこと。

なるほど。
こういう経緯もあったうえで、
古楽器によるショパンコンクールが始まったんだなあ、と思いました。

あ、このドキュメンタリーのタイトルは
Fransがオケに指示を出す際に、「息」を使うことが多い
それがまた凄い効果を示す、っていうところから来ているようです。

で、出てきたピアニストが、またすごいです。
ダンタイソン、アルゲリッチ、ピリス、ディーナ・ヨッフェ……
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その中に、海老彰子さんも。
海老さん、ショパンの協奏曲を演奏。
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ルバートが素晴らしいとの楽団員からの賞賛を得ていらっしゃいました。
さすがです。

それにしても、8月末ごろに催されている
 Chopin and His Europe International Music Festival
って、そんなに歴史の古いものだったのですね。
去年、ワルシャワを訪ねた際に、初めて気づいた私です。

今年も8月15日~9月1日の予定で組まれているようです。
2020年プログラム
この日程でちゃんと開けるといいですね。
今回もまた、そうそうたるメンバーです。

  • ダン・タイ・ソン、
  • ドミトリー・シシキン、
  • ケイト・リウ、
  • エフゲニ・ボジャノフ、
  • ケヴィン・ケナー
  • ルーカス・ゲニューシャス
  • ニコライ・ルガンスキー
  • エリック・ルー
  • チャールズ・リチャード=アムラン
  • イーヴォ・ポゴレリッチ
  • インゴルフ・ヴンダー
  • シモン・ネーリング
  • ユリアンナ・アヴデーエワ

私が知っているだけでも、こんな感じ。
(カタカナ表記、間違っているかもしれません💦)
Chopin Institute が主催すると、これだけの人達が集まるってことでしょうか。
つくづく、すごいなあ。。。

小池都知事による
週末の外出自粛要請 
が発効する前に、と外出を決行。
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こんな美術館があることを初めて知りました。
エマーユとは、フランス語で〈エナメル七宝〉のこと。
フランスのリモージュが、その芸術の中心地。
ナポレオン3世時代やアール・ヌーヴォー期のエマーユ小箱、絵画、装身具を集め、展示する、日本初のエマーユ専門美術館だそうです。

このご時世ですが、10名ぐらいの来館者がいました。
美術館といっても、
マンションの1階が装身具の店舗、2階が展示コーナー、というつくり。
展示品すべてにキャプションがついていて、わかりやすかったです。
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いかにも貴族趣味的な繊細さ、きらびやかさにタジタジ。
なかなか面白い体験でした。
両親から招待券を譲ってもらって、感謝です。

せっかくの晴天だったので、帰りは目黒川沿いをお散歩。
桜は🌸7分咲きぐらいだったでしょうか。
中目黒駅側は、なかなかの人出でした。
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covid-19による世界的状況を受け、
Chopin Instituteが、期間限定でドキュメンタリー映画の無料配信を行うそうです。

(以下、Facebookのアカウントよりコピペ)
ポーランドは新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、3月15日から14日間自宅隔離が行われています。この特別な時期に国立ショパン研究所はドキュメンタリー映画無料配信を用意しました。映画は毎週水曜日と土曜日に国立ショパン研究所のYouTubeページでご覧いただけます。

リンクは、for PC for iOS   for Android
日本時間では木曜、土曜の午前3時から24時間視聴可能となるようです。
先ほど、視聴したのはこちら
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アンナ・ガヴリタ & トマシュ・ヴォルスキ監督
第12回「ショパンと彼のヨーロッパ」国際音楽祭(2016年)
ドキュメンタリー映画
@ワルシャワ国立フィルハーモニーホール
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冒頭に出てきたこの画面、
弾いているのは、どうやら小林愛実さんのようです。

映画は、タイトルどおり2016年8月の音楽祭の模様を追うものですが、
中心となるのは、
  • オペラの準備、リハーサルの様子
  • Iwona Sobotka(ソプラノ)リサイタル(ピアノJanusz  Olejniczak)
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彼女のソプラノ、とっても美しかったです。
ピアニストのジャヌス氏、ポーランドでは「宝」と呼ばれているようですが(コメントで流れてました)、なるほどの音色でした。
  • Seong-Jin Cho (ピアノ)のチャイコフスキーP協奏曲
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  • Jan Lisiecki (ピアノ)のベートーヴェン(Fantasy for piano, choir and orchestra in C minor, Op. 80)
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ソンジン君の、リハーサルから本番までの真摯な雰囲気、そして人気の凄さ(終演後、サインと写真撮影を求めて並ぶ人々の熱気に圧倒されます)が印象に残りました。
リシエツキ君の、終始楽し気な雰囲気とは、かなり対照的です。

けれども、こういう大舞台よりも私にヒットしたのは、
  • ピアノレッスンの様子(講師:Tobias Koch 生徒:Tymoteusz Bies)
でした。
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Tymoteusz Bies君は、生演奏を聴いたことがあるピアニスト。
それも、昨年、ショパンの生家(ジェラゾヴァ・ヴォラ Żelazowa Wola)で!
ということもありますが、
レッスンの内容が、先生のコメントのセンスがピカ一でした。

Agitatoというのは、速く、という意味じゃないよ。
バスを待っているのに、全然来ないときのような。わかる?
君は、もうバスに乗っちゃってるよ。

もっと音をつなげて。
拍は大事だけれども、ソーセージを並べるわけじゃない。

(私は「サバのぶつ切り」と言われたことがあります。表現と食生活、直結してますね)
トロンボーンの「ワォ~ン」という響きをイメージすればいいかな。

涙とほほ笑みの間には、時間が必要だろう?
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レッスンでは、美術作品に触って、感触の違いを確かめさせたり。
深いです。

今のとは違った演奏を聴かせてみて。リサイタルだと思って。
じゃ、今度はその演奏とはまったく逆の演奏にしてみて。
ううむ。もっと自由になれるかな?
ちょっと座り直して、すぐに弾いて。
そうそう。
その音楽はどこから来る?
そして、どこへ行く?

このやりとり、はじめBies君は、
わからない、頭かな、心かな、などと言っていたのですが、
もう一度弾き直してみてから、先生も納得する答えにたどりつきました。
さあ、答えは何でしょう?(あとで答えをアップしま~す♪)

曲は、ショパン前奏曲Op.28-1。



映画の最後は先生のソロ演奏。

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指導者のTobias Koch、全然知りませんでした。
ドイツで活躍されているとのことですが、指導が英語で、助かりました。

あ、YouTubeでは、
最初にポーランド語字幕版、
次に英語字幕版がアップされていました。
私は気づかずに、
冒頭からのポーランド語字幕版をChopin Instituteの英語訳コメントを参考にしつつ視聴しましたが、英語版で見ればよかった、と後で思いました。

日本時間、3月20日(金)午前3時までの限定公開のようです。
ご興味のある方はお急ぎください。

これは、不要不急の外出になってしまうのか??
という危惧を少しは覚えましたけれど、
でも、前売り券を買ってしまっていたので、えいやっと行ってまいりました。
東京都美術館。

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まるで展示中の絵とシンクロするかのような、灰色の曇天のなか。
色実を抑えて描かれた、北欧の静謐なる空間、堪能いたしました。

Cob\vid-19の影響で館内はガラガラ?なんて予想していましたが、それほどではありませんでした。
もちろん、大混雑ということはありませんが、なんとなく順番を待たないとキャプションが読めないという箇所も何か所か。

デンマークという国が島国であるという認識、私には薄かったなあと自覚しました。
首都コペンハーゲンは、シェラン島という島に位置しているんですね。
そして、多くの画家が、ユトランド半島の北端に位置するスケーインという町に魅せられ、「スケーイン派」という一派をなしていたということも初めて知りました。
この港町を描く一派は、外の風景や、海で働く漁師たちに惹かれたのに対し、
ハマスホイは、首都デンマークの部屋の中に美を見出す。。。面白いです。

家具として、また楽器として、「ピアノ」がタイトルに入った絵も何点か。
でも、あれは、ピアノというよりクラヴィコードでは?と思いました。
まるで机のような平たさ、鍵盤の少なさ、からいって。。。
英語表記の原題でも確かに「piano」になってましたけれども。

ショップでは、最近のプラスチック製品敵視(?)と軌を一にする動きなのか、
購入した品物を入れるのは展覧会特製の「紙袋」になりますが、いいですか?という一言が。
そして、紙フォルダというのがドドンと目立つところに置いてありました。
粗忽者の私は、紙製はすぐに破いてしまいそうで、例のごとくのプラスチックを購入してしまいましたが。
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ささくれがちな心が、ふっと落ち着く気分になりました。
行ってよかったです。

国立新美術館に足を運びました。
私にはめずらしくイヤホン・ガイドも借りてみましたよ。
ナビゲーターは金子美勇士氏。ハンガリーといえば彼ですね。
一部、金子氏によるピアノ演奏も吹き込まれていました。
  1. ハンガリー狂詩曲 第2番 フランツ・リスト作曲
  2. ピアノ・ソナタ 第3楽章 バルトーク・ベーラ作曲
  3. 巡礼の年 第1年 スイス S.160 より 泉のほとりで リスト作曲
  4. ハンガリー狂詩曲 第16番 リスト作曲
  5. ラ・カンパネラ リスト作曲
4番目のハンガリー狂詩曲第16番は、展示されていたリスト晩年の肖像画(この絵が描かれた4か月後にリスト死去)を手がけた画家、ミヒャエル・ムンカーチに献呈されたものとのこと。
そのお礼として、リストの肖像画を描いたのだとか。

今、バルトークとリストで、なぜ姓名の語順が違うのか?と不思議に思いましたが、
ハンガリー語では普通「姓・名」の語順なのですね。
バルトークはこのハンガリー流の語順で表記し、
国際的に活動したリストは通称どおり「名・姓」の順に表記したのでしょう。
彼、そもそもハンガリー語があまり得意ではなかったという話も聞きますし。

さて、ポスターでもよく目にする
鮮やかな色彩が目を惹く≪紫のドレスの婦人≫は、ハンガリー国のモナリザ的な扱いなのだとか。
発表当時、専門家の間では不評だったそうですが、国民に大人気。

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全部で130品も展示されていて、
まさにヨーロッパの美術史をお勉強するような感じでした。
市民革命、産業革命が、宮廷画家の世界から市民の絵画へ、という流れを作ったことは知っていましたが、
それより前の時代、宗教改革の影響が絵画に現れていたとか、新たな発見もありました。
わかりやすかったです。
あまり混んでいなくてゆっくり見られたのもGOODでした。

京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
4講    2020年1月29日(水曜日)18時30分~20時30分
「『ノルウェイの森』の過剰なる<性>」
武内 佳代(日本大学文理学部教授)

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まるで、推理小説の読み解きのようなスリリングな講演でした。
実に明快なストーリー、そしてエンタテイメント性。
ざっくりとまとめてしまえば、
「直子の死の真相は、従来の定説ではない可能性が!新説を提示してみせます」
ということ。

語り手「僕」の視点を離れて、客観的にテキストを読んでみると、見えてくるものがありますよ、と。
「僕」がから見えていないものは、読者にも見えていないという怖さがあります。
「直子」と呼び捨てにすること、
「レイコさん」と呼ぶこと、
37歳の「僕」による回想形式をとっていること、
これらすべてが、真実を読み取りにくくしているのですよ。さあ、そのベールを剥がしましょう!

直子を死に追いやったのも、
結末の「僕」の行動を支配したのも、
実はレイコさんの語り/騙りの力だったと読めますよ。

レイコさんこそが『ノルウェイの森』という小説テクストを奏でている本人だと読めますよ。
事実、作中で「ノルウェイの森」という曲を演奏したのはレイコさんですよ。


お見事!

ピアノ弾きあい会のあと、
せっかくだからお茶しましょう♪と訪れたのが、こちら。

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去年の夏にも訪れた藤城清治美術館のカフェです。
今回なんと、お店の中には藤城清治氏ご自身のお姿が。
リハビリをかねて、1日に1万歩ほどは歩かれ、その途中に立ち寄られるのだとか。
「ほら」
と、万歩計が8000歩以上を示しているのを見せてくださいました。
とっても気さくな先生でいらっしゃいます。
色あざやかなメルヘンを感じるファッションで、
作品同様の妖精さん的な雰囲気をまとっておられました。

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お言葉に甘えてサインもいただいた私たち。
90台半ば過ぎでいらっしゃるはずですが、とてもそうは思えないしなやかな動作に感服いたしました。

まるで春のようなうららかな日、
おしゃべりにも花が咲いて、ついつい長居をしてしまった私たち。
いい一日でした。

帰宅時間が遅くなって、ピアノの音も出せず、
でも、仕事をする気にもなれず、
まさに逃避行動に走ってしまいました。
久しぶりの、〇〇azon  のフリー映画視聴。
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どんな映画なんだか、まったく知らず、
ただ、PCからおススメされたという理由だけでチョイス。
見終わってからよく見たら、
2016年のイギリス映画で、第69回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞作だったのですね。

タイトルどおり、主人公はダニエル。
心臓病で医者から仕事を止められた初老男性です。
彼が給付金受給の適格者かどうか判断すべく、続々と繰り出される質問からの幕開け。
なんとマニュアルチックな質問の羅列!
そのままでお笑いになってしまいそう。
かつて「ゆりかごから墓場まで」って習った、イギリスの福祉の姿がこれ?
初めは「あるある」なんて軽いノリで見ていたのですが、
重なっていくにつれて、だんだん深刻な、やりきれない気持ちになっていきます。
でも、こういう官僚的マニュアル対応、日本でもいまや日常茶飯事。

個人的な話になりますが、
トラブルを抱えて「相談所」に行くと、そこのマニュアルで対処されて、
その機関にとっての「成果」とカウントされるような結論へと誘導される。
成果にならないと判断されると、ポイと捨てられる。
そんな対応、私もたくさん経験しました。
そんな場所でのアドバイスを真に受けた私がいかにバカだったか、今にしてわかる情けなさ。
痛切に反省したって、あとのまつり。

さて、相談所で酷い扱いをうけたダニエルが、
その直後、義憤に駆られて手助けしたシングルマザーのケイティ一家。
ダニエルの心の広さ、温かさ、その振る舞いの正しさに心打たれます。
彼らのコミュニケーション、まさに人間的。

その末のエンディングには茫然とします。
もちろん、そうなるんじゃないかなあという予感はあったのですけれど。

印象的なシーン、多々ありましたが、
長く闘病した妻を看取ったダニエルが、ケイティ一家とともに妻をしのぶシーンもその一つ。
彼女がラジオから録音したという美しいメロディーに、思わずほろりとなりました。
ラジオに張り付いてカセットテープに録音するなんて、今の若者には想像もつかないでしょうね。

いろんな意味で、
かつてと今……具体的には昭和と令和の時代の差のようなものに心を馳せながら見てしまいました。


さあ、明日の予習をしなくては。
これにて逃避タイム終了。

日本画のことなど、何もわからないのですが、
友人たちから「いいよ!」と聞いて、会期末間近の特別展に足を運びました。
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鏑木清方(1878-1972)は東京神田の生まれ。
展示室に入るや、すぐに並んでいたのが、

《明治風俗十二ヶ月》(1935 年)。

え?明治だよね?江戸じゃないよね?
と思ってしまった私。
そうですよね。
昭和に入ってからも、いえ、戦後もしばらくは普段着は着物だったのですよね。
考えてみたら、私の祖母だって、私の幼少時は普段着の着物をよく着ていました。
こういう感覚、忘れてしまっていたなあ。

12か月それぞれ、季節の風俗が生き生きと描かれていて、
これ、気に入りました。
例えば10月は、夜8時頃を指す掛け時計(近代の象徴ですね)の下で、
和服姿で針仕事をする女性二人と、
その横で小さなちゃぶ台のような机に向かって勉強する丸刈り頭の少年。
もちろん、椅子なんてなし。和室に座り込んで、鉛筆ならぬ「ふで」使用。
うう。ほのぼの。勉強の秋。
こういう日本の風景に、思いっきりノスタルジーを感じちゃいました。

展覧会の呼び物となっている
《築地明石町》
さすがの美しさでした。
美女三人を描いた作が三つ並んで掛けられているのは、まさに圧巻。
中でもやはり、中央の明石町が美しかった。
彼女が来ている緑色の和服の布地が再現されて展示されていましたが、これまた素晴らしい。

清方の描いた絵巻物もありました。
絵はもちろんですが、文字の美しさにも息をのみましたよ。
明治、大正時代って、こういうものが生きていたんですね。

清方って、フィンセント・ファン・ゴッホの25歳年下。
(ちょうどゴッホを描いた小説を読んだばかりなので、思った次第)
清方は浮世絵師ではなく、
「挿絵画家として画業をスタートさせ」て「美人画で上村松園と並び称された日本画家」ではありますが、浮世絵の精神は着実に受け継いでいる芸術家でしょう。
そう考えると、
ゴッホの時代はもちろん、その一つ下の世代でも、
日本での浮世絵、日本画って、まさに「今、生活の中で生きているもの」だったんだなあ
なんて思いました。

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画像は、美術館4階の「眺めの良い部屋」。
ここでしばらく、ぼーっとしてました。
ゆっくり過ごしたのは、初めてだったかも。東京国立近代美術館。
おすすめです。

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京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
3講    2019年12月10日(火曜日)18時30分~20時30分
「村上春樹と母の記憶」
三宅 香帆(書評家)


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講演者の三宅香帆氏、25歳!
会場の中で、聴衆のだれよりも一番若い方が演台に立ってご講演。
切れ味鋭い分析に、ほほぉ~でした。

分析対象とした作品は『眠り』『羊をめぐる冒険』の2作。

1.『眠り』1989年初出
先行研究では「父権制に苦しむ女性」「妻であること、母であることを拒否する女性」の物語との読みが提示されていたが、三宅氏は
「父権制におもねり(夫に守られる妻という立場に満足していた娘が、悪夢をきっかけに、父の娘である自分を拒否する精神性を持つに至った物語」
と読む。
父権制におもねるとは、母(体形が崩れ、もはや夫の関心をひけない)の論理を「あの人のお得意の理屈」と突っぱね、自らの結婚後の夫と自分の関係を、父と娘の関係の複製のように捉えていたことを指す。
それが、「眠っていたら、老人(夫の父だと思った)に足へ水をかけられる」という悪夢を見て以来、心情に変化が。
この夢の展開の後に唐突に挿入されるエピソードが、友人の金縛りの話。
唐突な話は、何かの象徴
ここでは「夫の家に嫁として入ることを拒否された」ことが2つのエピソードの共通点。反復。

こうして目覚めた女性が、夫の庇護下にいることを自ら拒否。
不倫小説『アンナ・カレーニナ』に読みふけるのは、その象徴。
父や夫におもねるのはやめるとして、とれる道は、母におもねるか、息子におもねるか。
髪を切り、少年のように見える姿となったのは「父の息子になりたい私」を表す。
しかし、車を男たちに揺さぶられて、車を動かすこともできない姿は、男がいないと何もできない女性の立場を暗示する。

2.『羊をめぐる冒険』1982年初版
①妻と僕
「子どもなんて欲しくない」と妻に明言していた「僕」。
その妻の描き方は、
「台所」のテーブルに突っ伏す姿、
「台所」の椅子に掛けられたスリップ。
彼女が去ったあと「誰も座ってはいない椅子」を見ていると「自分が小さな子供」で「一人で残された」ように感じると描写。
つまり
台所の椅子のスリップ=妻の象徴であり、母の象徴

この作品には、
「女性が母になりというという願望を持つと、その女性は突然消えてしまう」
という法則がある。

②耳の彼女と僕
耳の彼女は「絶対に家の中では食事をしない=台所に入らない」女性として造形されている。
彼女にスリップを着るかどうか尋ねたときも、結局
「君と君の耳だけで本当に十分なんだ。それ以上は何もいらない」
と言う僕。彼女にはスリップを着せない

この彼女が忽然と消えてしまうのだが、その最後の描写は
「そして彼女は台所に消えた」
つまり、ついに台所に入った彼女が、そのまま消えてしまったことになる。
台所は母そのもの。
成熟とともに消える女性たちが、この作品の本質。

(3)鼠と僕
鼠は「台所のはりにロープを結んで首を吊った」とある。
母親の胎内で自死したことと同じ。
幕切れのシーンはジェイのバー(=台所
「僕と鼠に何か困ったことが起きたらその時はここに迎え入れてほしいんだ」
最後の僕のことば
しつけの良い子は長居をしないんだよ

成熟を拒否する、父親になりたくない男の物語。
テキスト本文とリンクさせつつ、先行研究も参照しつつのお話には説得力がありました。


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聴講を終えての写真。
丸の内口のイチョウが色づいていました。

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クリスマスっぽいイルミネーションも。



京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
2講    2019年11月19日(火曜日)18時30分~20時30分
「異議申し立てをする春樹文学」
石原 千秋(早稲田大学教育学部教授)


前回は、フランス文学者の内田樹氏が
「村上春樹のファンとして、妄想に基づく私的な考えを披露するのであって、けっして学術的な内容ではない」
といった「但し書き」を何度も口にされつつ講演されていましたが、
今回は、正真正銘の国文学者がご登場です。
あ。「国文学」という単語はもう死語に近いでしょうか?
(国文学科を卒業している私としては、ちょっと悲しい…)
日本近代文学研究者、ですね。ご専門は確か夏目漱石。

いろいろ論じられる中で、
「僕は紙の本しか読まない。僕の記憶は、手に残る紙の触覚と連動している」
「小説について論じるときは、少なくとも100回はその本を読んでいる」
「100回も読めば、あの厚みの本のあのあたり、右側のページのあのへんにこう書いてあった、という感覚が残る」
と、さらっと語られたのが印象に残りました。
なるほど~。
超スピードで読んでは、さっさと忘れてしまうという読み方(私です)では、文学など論じることはできないわけです。

論の中心は『騎士団長殺し』
第1部「顕れるイデア編」と第2部「遷ろうメタファー編」に分かれている、
その「イデア」とか「メタファー」という言葉をキーとして「読み解く」という内容。

うー。
さすが哲学的で、なかなか難解でありました。
以下、覚え書きです。


【イデア】=ラング(全体) 上官(騎士団長)・天皇
【メタファー】=パロール(部分)兵隊・国民

こういう図式で捉えうる。
軍隊の構造を使った小説。
つまり、「象徴性天皇殺し」、天皇制批判小説とも読み取れる。

◆ヴィトゲンシュタインの考え方でいくと、
「説明はしない。定義もできない」(ラングには言葉は届かない〕
「例なら挙げられる」(メタファーとしてラングに迫ることはできる)
不完全であることによって、生きたパロールになる(言葉はパロール

高度に象徴的な、頭脳を使わないと読み解けない構成をとっているが、
イデアとメタファーを辿っていけば、分かる人には分かる。
こうしておけば、右翼からの攻撃などを避けられる。

「上官」「兵隊」には、村上春樹が父(石原氏と同じ「千秋」という名前)が南京陥落のときに一番乗りした部隊に所属していたと思い込んでいたが、実は違っていた、という事実が影響している。
戦争への意識は、春樹の作品に濃厚。

ラング=イデア=メタファー
「ラングとしての騎士団長」→騎士団長殺しは父親殺し
「ラングとしての妹」→すべての女性は妹(既に死んでいる)に続く
こうして「現代社会批判」をおこなっている

かつての村上春樹は、語りたいことを「読者に丸投げ」して、自ら語ることはしなかった。
しかし、『騎士団長殺し』では、分かる人には分かるような形でしっかりと語っている。
村上春樹は変容したのだ。


【メタファー(象徴)】の語り方
  • コノテーション=愛情、情熱
  • デノテーション=バラ
  • 「花見をする」:「花」の中に「桜」=全体が部分を表す
  • 「パンを稼ぐ」:「パン」は「生活費」の部分=部分が全体を表す
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21時近くの丸の内です。
この日、午前には仕事をびっちりこなし、午後からは1時間半のピアノレッスンをうけてこちらに駆けつけ、なかなかヘビーな講義を聴いた私、さすがにへとへとになりました。

京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
1講   2019年10月31日(木)18時30分~20時30分
「村上春樹の系譜」
内田樹(神戸女学院大学名誉教授)

わが誕生月の10月も終わります。
例年、誕生日となると、
ファッションセンスに欠ける私に、母&妹が何かしら見繕ってプレゼントしてくれていたのですが、
今年はどうにもその時間が取れず。
じゃあ、と二人からお小遣いが届いたのをいいことに、
こんなレクチャーに投資してしまいました。
(実は趣味のみならず、仕事直結の投資でもあります)

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東京は丸の内の新丸ビル10階に、
京都アカデミアフォーラムという洒落たセミナーホールがあるのですね。
初めて知りました。

内田樹氏、
革ジャン姿で颯爽と登壇。
喉を痛めていらして、肺炎寸前と言われた、などとおっしゃりつつ、
お話そのものも、性能抜群のバイクをソフトに乗りこなしていく感じ。
よどみのない語り口、お見事でございました。

会場との質疑応答にも舌を巻きました。
フロア側から、ズバズバ直球で切り込まれた質問に、
たじろぐことなく、真正面から対峙。応答。
なるほどの例、おおお~!な体験談など交えつつ。

知の応酬を見た!という感じ。
これ、なかなか遭遇できないことです。
身内の研究会などだと、なあなあの馴れ合い応答も多いですし、
質問に向き合わず、ズレズレの答で誤魔化す人は枚挙に暇なし。
(国会中継の首相の応答なんか見ると、怒りを通り越して悲しくなる。。) 
久々に遭遇した爽やかな質疑応答に、スカッとしました。

村上春樹の小説は、
「あるテーマを追求し、イマジネーションを駆使して”無”から創造した個人の作品」
という文脈で理解しようとしても、だめだよ!

小説すべてが、村上氏個人の内部から現れたと捉えると、その世界は理解できない。
彼の小説の骨格は、脈々と日本語の中に息づいてきた上田秋成的世界、つまり個人の外の世界から来たもの。
母語話者だからこそわかる、外界からのシグナルをキャッチすることで構成されたもの。
その構成を、日本語の世界に「深く深く下りていく」ことで身につけた抜群の語法で磨き上げることで、彼独自の世界が生まれる。

「大事なものをなくしてしまった」喪失感、それはUniversal。
だからこそ彼の世界は国境を越えて共感を呼ぶ。


今日の骨子を乱暴にまとめると、こんなところかと。
ほんとはもっともっと、いろんなポイントがあったのですが。

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こんな景色の中、帰路につくというのも、たまにはいいもんです。
それにしても、早朝から交通トラブルに翻弄された本日は、実に長い一日でありました。

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