PIOピアノ雑記帳

ピアノ、音楽関連の話題を主とした雑記帳blogです。

カテゴリ:テレビ > クラシック倶楽部

2020年8月24日放映 クラシック倶楽部
フォルテピアノ:クリスティアン・ベザイデンホウト

<プログラム>
モーツァルト作曲
  • ピアノ・ソナタ ヘ長調 K.332
  • ピアノ・ソナタ 変ロ長調 K.281から 第2楽章、第3楽章
  • ピアノ・ソナタ ハ短調 K.437  
収録:2018年 3月19日@東京文化会館小ホール

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たまたま録画してあった番組を、仕事のBGM代わりにつけてみたのですが、
引き込まれて仕事そっちのけ、がっつり鑑賞してしまいました。
「平均律ではなく、古典調律でチューニングされた楽器」
という音色に耳が惹かれたのかもしれません。(私の耳は鈍くて、詳しいことは不明です💦)

インタビュー、秀逸なるモーツァルト観に納得です。
  • モーツァルトの音楽は、深く考えずに聴くと、エレガントで当たり障りのない音楽に聞こえるかもしれません。インターコンチネンタルホテルのエレベーターで聴くようなね。それはとても退屈です。
  • 18世紀の音楽は表面上はとても優雅ですが、その奥底には強烈にうごめくエネルギーに満ちた小宇宙が存在していると感じます。全身でそれを感じて演奏しなくてはいけないのです。
  • わたしはこの楽器を通してやっと本当のモーツァルトに出会えたと感じました。
  • 彼の音楽と人間性は、信じられないほど賢く文学的で、洗練されたユーモアにあふれています
  • 今日のようなピアノ・ソナタだけのプログラムは一見退屈そうに見えるでしょう。しかし、モーツァルトは動きに非常に鋭くて、曲はそれぞれが全く違う劇場のような世界なのです。
  • 私はモーツァルトの音楽に歌舞伎の世界を感じています。歌舞伎はひとつの「見得」に信じられないほどの力強さが感じられます。観客はそんな「見得」に込められた役者の熟練の技に魅了されるのです。
  • モーツァルトの音楽も、ひとつの小さな動作に劇的な力が込められています。それを意識して聴くと、彼の音楽は本当に力強く、心が震えるのです。
歌舞伎について詳しくて、びっくり♪
歌舞伎といえば、先日のPTNAピアノ・コンペティションの特級で第2位となった森本くんの演奏を歌舞伎に例えた講評も見ましたが、歌舞伎一つにもいろいろな捉え方があるんだなあ、と印象的でした。

いろんな出会いに感謝。

2020年6月16日(火)午前5時~5:55
BSプレミアム

チェロ:堤剛 ピアノ:萩原麻未

≪プログラム≫

三善晃:母と子のための音楽
 1.甘い-子守歌-愛
 2.慰め-優しい-やわらぎ
 3.想い出-哀しい-癒し
 4.お話-幻想
 5.さわやか-目覚める
R. シュトラウス:チェロ・ソナタ ヘ長調 op. 6
(アンコール)
カサド:愛の言葉
ラフマニノフ:ヴォカリース

収録:2017年7月8日@白寿ホール

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毎週火曜日は、大人数クラスのWeb配信授業のプレッシャーで(チキンな私)
早朝から目覚めてしまうのですが、
今日はどうにも仕事のスイッチが入らず、久々にクラシック倶楽部をLIVEで見てしまいました。

いやはや、これはもう、保存版でございました。
先日、オンラインで小菅優さんのピアノでの堤剛さんを聴いたばかりですが、
インパクト度合としては、こちらの萩原麻未さんのほうが大きかったです。

最初の三好晃の曲から、空気感のつくりかたがなんとも素晴らしい。
ささやきかけるような、音色と、息づかい。
この曲、晩年の三好氏が入院していた時期に、病気の子どもたちのために作曲したもの、とのこと。
名曲だと思いました。

リヒャルト・シュトラウスは、若かりし10代の曲。
こんなに聴きやすい、まっすぐな曲も作っていたんですね。知りませんでした。

途中ではさまったインタビュー、そして、ステージマナーからも
大御所の堤氏が、萩原さんを、そして若手の優秀な演奏家たちを心から賞賛し、
尊んでいることが伝わってきました。
世代を超えて、お互いに尊敬しあいながら演奏しているって、素晴らしいですね。
朝から、心が洗われるような気持になりました。

クラシック倶楽部
2020年4月9日(木)放映

ピアノ:アレクサンドル・トラーゼ
    キム・シウォン

<プログラム>
  • ハイドン:ピアノ・ソナタ第49番 変ホ長調Hob.XⅥ-49
  • プロコフィエフ(トラーゼ編曲):ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品16から 第1楽章 カデンツァ
  • プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 作品26から 第3楽章(第2ピアノ:キム・シウォン)
~2018年5月23日 トッパンホール~
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実は、以前に放映されたものも視聴していて、これが2回目の視聴。
1回目は聞き流していたインタビュー部分が心に響きました。

「弾く」ことには、もう興味がない。
今、興味があるのは「語る」こと。
作曲家の意図を楽譜から読み取り、それを「語り」として聞き手に届けること。

ハイドンのソナタ、17世紀のソナタで何を語れるか。
この曲は、マリアという名歌手に献呈されている。
第2楽章のテーマがマリアだと読み解ける。
ここから曲は始まり、第1楽楽章にも登場した。
そういう解釈で、私は演奏する。


私の父は、ソ連やジョージアで有名な作曲家で、
偉大な作曲家レインゴリト・グリエールに師事したが、
グリエールはプロコフィエフの師でもり、
「プロコフィエフの作品は、一音一音すべてが天才の創造物だ」
と言っていた。
プロコフィエフは作品に細かい指示を書き込んでいるが、そこには
彼の思い、親友を失った悲嘆などが込められている。
楽譜には、作曲家の祖国、文化、芸術、そして作曲家自身の人生のあらゆる局面が記されている。
私はそれを聴衆に届けたい。


確かに。
音楽の総体として、重いもの、深いものを感じました。
決して爆音だけが印象に残った、というような意味ではなく。

若い愛弟子を連れてきて、一緒に演奏する
そういうリサイタルのスタイルにも、なんだか大きな度量というか、
次世代へつなげていこう、という大局的な意図も感じました。


covid-19の脅威が日に日に増す世の中にいると、
人間性の大きさ、というものに敏感になっていくような気がします。

クラシック倶楽部
2020年3月10日(火)放映

ピアノ:賀集裕子

<プログラム>
  • グルック=サン・サーンス:オルフェオのメヌエット
  • ドビュッシー:マズルカ
  • シューマン:アラベスク ハ長調
  • J.S.バッハ:トッカータ ホ短調 BWV914」
  • スクリャービン: 詩曲 作品32第1
  • フォーレ:即興曲 第2番
  • フォーレ:ノクターン 第6番 作品63
  • ドビュッシー:月の光
~2017年11月13日 自由学園 明日館(豊島区 西池袋)~

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賀集裕子(がしゅう ひろこ)さんという方については存じ上げず、
プログラムの曲目に惹かれて、視聴しました。
それで、感銘を受けました。
なんというか、混じりけの一切ない、音楽の本質のようなものを感じました。
清冽な空気の中で、ピアノと対話しているような雰囲気。

1935年(昭和10年)生まれといいますから、
収録時、82歳でいらしたでしょうか。
衰えに立ち向かう、とか、ぐぐっと頑張って…という感じはほとんど受けず。
唯一、ちょっと大変そうに見えたのがシューマンで、
ああ、やっぱり、シューマンって難しいのね……と思いました。

1956年のエリザベート王妃国際コンクールで入賞されたとのこと。
そのときの思い出として語られたのが、こちら。
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まさかファイナルまで残るとは思わなかったため、
決勝で弾くピアノ協奏曲として、「ちょっと格好をつけて」
一度も弾いたことのないベートーヴェンを登録してしまっていた賀集さん。
そんな彼女のために、アシュケナージが第2ピアノを弾いてくれたのだとか。
彼の助けがなかったら、ステージで弾けなかった、と語っておられました。

こういうエピソードを語るところにも、彼女の人柄が表れているなあと思いました。
素敵です。
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クラシック倶楽部
2019年4月24日(水)放映

ヴァイオリン:川久保賜紀(かわくぼ たまき)
ピアノ:江口玲(えぐち あきら)

<プログラム>
ベートーヴェン作曲
  • ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 作品12第2 から 第2、第3楽章(10分46秒)
  • ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47 「クロイツェル」(34分23秒)
クライスラー:作曲
  • 美しいロスマリン(1分50秒)
~2016年4月23日 フィリアホール~

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クラシック倶楽部、似たようなプログラムが二日続きました。
今回は、川久保さんのべートーヴェンソナタ全曲演奏プロジェクト、その最終回とのこと。

クロイツェルソナタの前のインタビューでは、この曲について次のように語っていました。

まるで協奏曲のようなスケール感で、当時の人々を驚かせた曲。
ピアノの壮大なカデンツァのところなど。
ピアノの江口さんと合わせるたびに、二人で一緒にいろいろな発見をしている。
これからもきっと、演奏のたびに新しいことを見つけるのだろう。
だからこそ演奏を続けていく意味もある。


やはりピアニストとの共同作業という話題が。
でも、演奏会タイトルは川久保さんの「リサイタル」。江口さんの名前は無し。
このあたりは、いろんな大人の事情などもあるのかもしれませんね。

川久保さんの演奏は、艶やかだなあ……という印象です。
赤いドレスもその特徴をひきたてています。
会場をぐぐっとひきつける魅力があるなあと改めて思いました。
ピアノは響きが古楽器のようなスタインウェイ。
特別なピアノに違いないぞ……とググってみたら、フィリアホールのサイトに次の記述が。

本公演(注:川久保さんと江口さんのベートーヴェンツィクルス)では、1887年製ニューヨーク・スタインウェイ(ローズウッド)の持込による演奏を予定しております。
現代のピアノと異なる深い味わい、ヴァイオリンと絶妙に調和する響きの妙をぜひお楽しみください。

こういう情報はテレビ放映では出さないんですねえ。

同じベートーヴェンのヴァイオリンソナタでも、
会場、楽器、共演者、などなど、いろんな条件で
演奏会は、実にさまざまな性格を持ちうるのだなあ……と思いました。
あ、そのあたり、
アンコール曲が、その演奏会の指向性を示している場合もありそうです。


クラシック倶楽部
2019年4月23日(火)放映

ヴァイオリン:郷古廉(ごうこ すなお)
ピアノ:加藤洋之(かとう ひろし)

<プログラム>
ベートーヴェン作曲
  • ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ長調 作品12第1(20分15秒)
  • ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24 「春」(23分45秒)
シューベルト作曲
  • ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第3番 ト短調 D.408から第2楽章(4分55秒)
~東京文化会館小ホール 2017年4月13日(木)収録~
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つい先日、最終回を迎えたプロジェクト(→)の演奏会初回。
2年前のことだったのですね。
私も足を運んでいたのですけれども(→)、ええと、どうだったかな……新年度開始時期のあれこれは、ばたばた極致で記憶が曖昧~💦。

第1,2,3,5番と演奏されたうち、第1、5番が放映されました。
改めて聴いてみて、おおお!
ベートーヴェンの強靭さ、一途さ、そしてさわやかさのようなものを感じました。
そして、そうでした!思い出しました。
会場では、アンコールの可愛らしいソナチネに心打たれたのでしたよ。
単純な音の並びにこそ、音楽性が現れるなあ。。。と。
このあたり、大型曲のアンコールを披露した最終回とは異なる趣でした。

番組冒頭、ベートーヴェンの初期の作品についてのインタビューが。

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郷古:
これまであまりベートーヴェンのソナタは取り上げてこなかった。
ベートーヴェンのソナタの強さと、自分の持っている精神的なものが噛み合わないような気がして。
今回、初期のベートーベンの作品に取り組んでみて、
今まで自分が知り得なかった彼の姿というか、
こんなに模索していたんだな、こんなに「何か」というものを求めて彼も生きていたんだな、
という発見をして、彼の精神の強さを感じた。

加藤:
ベートーヴェンは、作曲家としては不器用な人だったと思う。
表現したいものは中にぎっしり詰まっている。
初期は、表現したいものと、書かれているものがうまく融合しないような、でも、さらにそこを精神的なエネルギーで乗り越えようとするような強さを感じる。
表現したいものと、実際に書かれている音楽との間の軋みがあって、その隙間からマグマのようなエネルギーが放出されていて、もっと後に書かれた作品よりもラディカルな印象を受ける。


なるほど。
郷古君にとって、ピアノの加藤さんは、
曲の解釈という側面で刺激を与えてくれる貴重なパートナーなのだろうなあ…と思いました。

1か月も前の録画を、今頃になって視聴しました。

クラシック倶楽部 2019年2月20日(水)放映
紀尾井ホール室内管弦楽団による木管五重奏演奏会

(フルート)難波 薫
(オーボエ)池田 昭子
(ホルン)日橋 辰朗
(ファゴット)岩佐 雅美
(クラリネット)勝山 大舗
(ピアノ)鈴木 慎崇*

<プログラム>
  • ヨハン・シュトラウス=トム・ケネディー:喜歌劇「こうもり」序曲(6分08秒)
  • ビゼー=ダヴィッド・ワルター:カルメン組曲(12分53秒)
  • ルーセル:喜遊曲 作品6(6分47秒)*
  • ラヴェル=ダヴィッド・ワルター:組曲「マ・メール・ロワ」(12分43秒)*
  • フランセ:恋人たちの黄昏から 第3楽章(アンコール)(2分59秒)*
~2019年1月29日 紀尾井ホール~
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紀尾井ホール室内管弦楽団については、ちょうど1か月ほど前にラジオで耳にして好印象を得ていたのでした(→ベストオブクラシック)。
こちらの弦楽五重奏も、とっても楽しく聴けました。
管楽器5人のうち、過半数の3人が女性なのですね。
また、ホルン、ファゴット、クラリネットの3人は2018年3月新加入のこと。
管楽器は、管の太さによって息を吹き込むタイミングがずれるので、合わせるのはなかなか大変なのだですって。なるほど~。
「でも、そんなことはお客さんに感じさせることのないよう、演奏します」
とのインタビューでの言葉どおりの演奏でした。
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この5つの管楽器、音色がまったく異なるので、
誰がどの音程を弾いて…じゃなかった、吹いて…いるのか、丸わかり。
でも、それだけに、全体が一つとなったときの魅力は独特ですね~。
「音を集める」という意識で演奏しているのだとか。

前半はオペラと関係のある曲、
後半はピアノも加わってフランスの曲。
2曲を編曲しているダビッド=ワルターは、オーボエ奏者でもあるそうです。
耳になじんだ、実際にピアノで演奏したことのある曲目の並ぶプログラム。
実に楽しい。
ピアノが入ると、がぜん華やかになるなあ、とも気づきました。

後半冒頭のルーセルって、初めてかもしれません。
ググってみたら、「印象主義から新古典主義に進み、ラヴェルとともにドビュッシー亡き後のフランス楽壇をリードした作曲家」とのこと。
軍人時代にアジア諸国を訪れてインドや東南アジアの音楽に興味を持ったそうで、1906年、30代半ばに書かれた「喜遊曲」にもアジアの雰囲気が盛り込まれているとか。
確かに、ステージ上には「銅鑼(どら)」が!
だれが叩くのだろう……と興味津津で見ていたのですが、
これは次の「マ・メール・ロワ」第3曲パゴダの女王レドロネットで使われるものだったのでした(この楽器の叩き役が、新たに舞台袖から登場してました)。
そういえば、フランスでは、美術で浮世絵が注目されたのを後追いする形で、音楽でもアジアへの関心が高まっていたという話、つい最近聞いたのでした(→日本×西洋)。

ピアノを弾いていると「オーケストラをイメージして」演奏するようにとアドバイスいただくことが多いですが、オケ曲に疎い私などは、とりあえずこの5つの楽器でイメージしてみるといいかも、と思いました。

2019年3月1日(金)放映
反田恭平 オール・ショパン・プログラム
  • アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ 作品22
  • マズルカ ハ短調 作品56 第3
  • ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58
~2019年1月30日 CHABOHIBA HALL(東京都立川市)~

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今年1月30日の収録といいますから、つい最近ですね。
録画していたものをやっと見る(聴く)ことができ、演奏された音楽の風格に、びっくりしました。

随分以前から活躍されているような気がしていましたが、
デビュー・リサイタルが2016年ということは、まだデビューして3年ほどなんですね。
1994年生まれ。まだ20代前半。
その若さながら、語りも的を射ています。

  • 7~8歳ごろから弾き始めたショパンだが、どういうふうにショパンを弾くのが正解~正しい弾き方~なのか、それをちゃんと学びたくてポーランドへ行った。徐々に自分のものになってきているかなとは思う。その成果を今年のツアーで、公の場で届けたかった。
この語りの後に演奏されたのが、アンスピ大ポロ。
テンポの揺らし方、実に説得力あり。
なんとなく、反田くんは「激しくバリバリ」演奏するというイメージを持っていたのですが、全く違いました。逆に、一般には「バリバリ」の箇所に柔らかく入り、激しい箇所を絞っているような。
聴いていて、実に心地よかったです。


マズルカについて
  • ポーランド留学の生活は、ただピアノを弾くだけではない。学校(ポーランド国立ショパン音楽大学)の隣のショパン博物館にはショパンの自筆譜があり、そこには彼が実際には「使用しなかったアイデア」も書かれていて、毎回発見がある。
  • 当時、ショパンの弾くマズルカを実際に聴いた人の記録もある。彼は、拍子にこだわりつつ、ルバートを効かせる演奏をしていた。ルバートとは、揺らして揺らして、なんとなく馴染ませていく奏法だが、この言葉が一番しっくりくる。大木があって、幹があって、枝があって、葉がある。風が吹いても大木は動かず、木の葉たちだけが動いている、それがルバートのイメージ。
深いです。
ルバートの心地よさに酔いました。
揺れる歌心、お見事。

ソナタ第3番について
  • 晩年に近づいた時期の作品で、よりバッハの対位法などを忠実に再現しており、まとめるのは難しいけれども弾きがいがある。回想シーンもすばらしい。短い第2楽章にもさまざまなモチーフが入っている。終楽章の3回目の主題が来ると「来た、来た、来た!」となる。ショパン自身の生涯が詰まっているような作品。

ソナタ第1楽章では、今まで気づかなかったような音列が響き、それによって対位法に気づかされるような箇所も。なるほど、けっして奇をてらったのではなく、分析に基づく解釈なのだなあと思いました。
おそらく、彼の演奏時間はどちらかというと長いほうなのでは。
丁寧に、というか、深くまで沈潜して演奏していることの反映として、テンポは速めというより遅めになる箇所が多いような。
でも、「幹」がしっかりしていて、揺れ戻しともなる速いパッセージとの兼ね合いが絶妙です。
超速箇所のコントロール技術も見事ですね。安定感も抜群です。

唸らされました。ううむ。巨匠かも。

クラシック倶楽部
2018年1月17日(木)放映
~2017年9月22日 ハクジュホール(東京)~

曲目
  • J.S.バッハ=クルターク:カンタータ第106番「神の時」から ソナチネ(2分20秒)
  • J.S.バッハ=クルターク:コラール前奏曲 汚れない神の小羊よ BWV1095(3分24秒)
  • ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」ピアノ連弾版(35分12秒)
  • ブラームス:ハンガリー舞曲第4番(4分31秒)
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冒頭のバッハの演奏が素晴らしくて、思わず聴き入ってしまいました。
ベルリン芸術大学でともに学んだお二人、ご夫婦でもあるそうです。
紹介にあったとおり、「曲の構造に着目」した「緻密で完成度の高いアンサンブル」でした。
高音部がピアノとは思えないような音色に聞こえたのは気のせいでしょうか。。。

インタビューで、室内楽と連弾の差を問われて、
「連弾では二人で同一の楽器に向かう以上、ともに同じ響きを見つかなければいけなくて、関係がとても密。それに対して、室内楽は自分のパートに責任があって自主性が強い」
と答えていたのが印象的でした。

「ペダルも片方の人が受け持つが、もう一人が弾いているパートを常に考えなくてはいけない。つまり、より”合わせる”ことが求められる」
まさに。それを実現した演奏でした。

ストラヴィンスキーは壮大すぎて、ちょっとついてゆけず……聴き手側の問題です。はい。

BSプレミアム 2018年10月5日(金)午前5時00分~ 午前5時55分
オルガン演奏:トン・コープマン

<曲目>

バッハ作曲
 フーガ ト短調 BWV578
 前奏曲 二長調 BuxWV139

ブクステフーデ作曲
 わが愛する神に BuxWV179
 フーガ ハ長調 BuxWV174
 前奏曲 変ホ長調 BWV552

バッハ:作曲
 「オルガン小曲集」から“おお人よ 汝の罪の大いなるを嘆け”BWV622
 「クラヴィーア練習曲集第3部」から “永遠の父なる神よ”BWV669
 「クラヴィーア練習曲集第3部」から “世の人すべての慰めなるキリスト” BWV670
 「クラヴィーア練習曲集第3部」から “聖霊なる神よ”BWV671
 フーガ 変ホ長調 BWV552

アンコール 
バッハ:作曲「オルガン小曲集」から “主イエス・キリスト われ汝を呼ぶ” BWV639
スカルラッティ作曲    ソナタ ト長調
スタンリー作曲    「ヴォランタリー」から

~2018年7月13日 ミューザ川崎シンフォニーホールにて収録~
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なんだか妙に早朝に目覚め、見てしまいました。

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オルガンのことは疎くて、トン・コープマンというお名前も知らなかったのですが、
オランダの方で、この世界では著名人とのこと。
ライプツィヒからバッハ賞なども得ているのだそうです。

オルガンって、生では遠~~いところからしか見えません。
それが、この番組ではあちこちのアングルからクローズアップで見ることができて斬新でした。つくづく、両手両足を同時に動かすって大変なんだなあ~と改めて実感。

一番印象的だったのは、演奏姿が実に楽し気に見えたこと。
なんだか子どもが戯れているような雰囲気。
演奏前後のお辞儀も、ぴょこん!ぴょこたん!という様子で(失礼)、ほほえましいような。

プログラムを見て分かるように、たくさんの曲目を演奏していて
曲による音色の差、曲想の差がよくわかりました。オルガンってすごいな。

ところが、インタビュー場面になると、がぜん学者風、アカデミックな雰囲気に。
ブクステフーデの権威者でもあるという彼、選曲にはブクステフーデの曲の多様性を紹介したいという思いも込められていたのだとか。
バッハについてのコメントを求められ、
emotional と brain のバランスがとれている点がすばらしく、ダ・ヴィンチやミケランジェロと肩を並べる存在なのだ、と語っていました。

クラシック倶楽部 BSプレミアム
2018年3月14日(水)5:00~5:55am 放映
 
≪プログラム≫

(チェロ)堤剛、(ピアノ)萩原麻未 ~2017年7月8日 ハクジュホール~
フランク作曲・デルサール編曲:チェロ・ソナタ イ長調(28分15秒)

(フォルテピアノ)ロナルド・ブラウティハム ~2017年2月7日 トッパンホール~
モーツァルト:ロンド イ短調 K.511  (9分09秒)
ベートーベン:ピアノ・ソナタ 第18番 変ホ長調 作品31第3から 第1、3、4楽章(12分21秒)
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新年度の本格開始第1週を終えて、へろへろになっています。
癒しの音楽が聴きたくなり、録画して1か月になる番組を見ました。

年度末になると放映される「アラカルト」。
収録はしたけれど、55分の本放映には入れずカットされた部分を抱き合わせで蔵出し、といったところでしょうか。
この回、たまたま萩原麻未さんの名前が目に入って予約録画したものですが、
チェロソナタもフォルテピアノも演奏の質が高く、見入ってしまいました。

堤氏と麻未さんは、お互いを尊敬、尊重し合っていることが伝わる演奏。
「チェロ会の重鎮とピアノの若手の協演」という紹介でしたが、対等に渡り合い、二人でともに音楽を作っていくっていいなあ、と思いました。
フランクのこの曲、原曲はヴァイオリンソナタですが、チェロ版もいいですね。
実にいろいろな楽器に編曲されるだけある名曲。
麻未さんの演奏を見るたびに「身体を柔らかくしよう」と思うのですが、今回もまた改めて思いました。しなやかな身体からこそ、しなやかな音。ああ「固さ」の権化のような私にはあまりにも遠い道。
麻未さん、ステージでは常に白い衣装と決めているようですね。
音楽界での存在感を高める戦略の一つでもあるのでしょうか?彼女ほどの実力者でも。……いやいや、彼女ほどの実力者だからこそ、こういう戦略も功を奏すのかな?

ブラウティハム氏は、お名前も存じませんでした。古楽に疎い私。
フォルテピアノで弾くモーツアルトにベートーヴェン、魅力的でした。
とても端正な、うたごころあふれる演奏。太い指の軽やかな動きに感嘆。
彼の白髪、インパクトあります。ちょっとハイドンみたい?これも戦略でしょうか。

すてきな演奏に接することができて週末の嬉しいひとときとなりました。

クラシック倶楽部 3月28日(水)5:00-5:55am放送

チェンバロ演奏:ピエール・アンタイ&スキップ・センペ
会場:目黒雅叙園
収録:2017年冬

10日ほど前の放映を、録画で視聴。
このコンサートのタイトルは
「2台のチェンバロのためのシンフォニー」ラモー:作曲 アンタイ&センペ:編曲
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歌劇「優雅なインドの国々」から7曲、
同「ダルタニュス」から3曲、同「プラテー」から2曲、
同「ピグマリオン」「イポリットとアリシー」から1曲ずつ、
「コンセール用クラヴサン曲集から 挑発的な女」

といったプログラム。
いずれもラモ―作曲。すべて未知の曲ですが、思わず引き込まれました。
さすが、編曲者自身による演奏だからでしょうか、息もぴったり。
録音技術のなかった時代には、演奏会で聴いた曲を自宅で演奏して楽しむというのが一般化していたそうで、オケからチェンバロへという編曲は珍しくなかったのだとか。
でも、当時の楽譜はとてもシンプルで、演奏者がいろんな音を加えて演奏していたのだそうです。
なるほど。
古楽の楽譜って「通奏低音記号」だけ、とか、ありますものね。

チェンバロの世界的第一人者のお二人は、かつて同じ師匠の下で研鑽を積んでいて、
30年以上の知り合い。お互いに
「若い頃は、変わった弾き方をしていたよね」
と評しあっていましたが、
「目指す方向は同じ」で、「伝統を今に伝えること」を使命と考えていると。
いわく、

昔の人はリズムをダンスの感覚で捉えていた。
ダンサーたちはお互いのリズムを読み取って、それに合わせた振付を共に考えていた。
決して機械的なテンポを保っていたわけじゃない。
メトロノームが、ダンスのリズムを台無しにしてしまった。


「互いのリズムを読み取る」って、いい表現ですね~。
実は私、ただいま2台ピアノでの、まさに舞曲を練習中。
この精神で行きたい!と思いました!

もう一つ、
「作品が ”今を生きる”」「楽譜を目覚めさせる」ことに貢献したい、
という表現にも共感しました。
特別にしつらえられた空間で、演奏者だけで楽しんで弾く、という設定も贅沢です。
保存版、という感じの番組でした。

2018年3月26日(月)5:00-5:55放映 BSプレミアム
クラシック倶楽部
ピアノ:イーヴォ・ポゴレリチ

<プログラム>
  • ハイドン: ピアノ・ソナタ Hob.XVI-37 から第2楽章(4分53秒)
  • クレメンティ:ソナチネ 作品36第4から第2楽章(1分57秒)
  • ショパン:ポロネーズ 第4番 ハ短調 作品40第2(6分55秒)
  • ショパン:ノクターン ホ長調 作品62第2(7分44秒)
  • ラフマニノフ:楽興の時 作品16 から 第5番 変ニ長調(5分23秒)
  • シベリウス:悲しいワルツ(8分17秒)
~2017年10月24、25日 正暦寺福寿院客殿(奈良県奈良市)で収録~
2018-03-26

2017年10月に奈良の古刹、正暦寺福寿院客殿で撮影した記録。
約30年ぶりとなる映像作品とのこと。
春日大社の散策、参詣の様子や、抹茶を嗜む姿なども。

撮影したプログラムは、ポゴレリチ自身によるもので、
寺の雰囲気に合う曲を選んだのだそうです。
どの曲も深さを湛えた静謐なたたずまいで、心に響きました。
コンクールでの若者の演奏を聴いてきた時期だっただけに、特に。
本来、音楽は競うものではないよなあ…と改めて思いました。

インタビュワーは、焦元溥(チャン・ユアンプー)。
ピアニスト達への見事なインタビューに基づいて著した
『ピアニストが語る!』(→拙書評
の著者です。場所といい、人物といい、なんという贅沢なセッティング!
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インタビューの中で印象に残ったのが

「ひたすら耳を傾けること」
ポゴレリチは、演奏活動を休んでいたころ、それを自分に課したそうです。
縦や横の線だけでなく響きの構造に耳を傾ける必要がある、
和声を響かせるには緻密で洗練された聴き方が求められる、
という指摘。実に深いですね。
ショパンは優雅でロマンチックである間に、知的である、緻密に考え抜かれている
という指摘にも深く納得。
こういうアプローチで曲に向き合うと、それは速度は遅くなるでしょう。
演奏といい、言葉といい、いろいろなことがストンと腑に落ちました。

クラシック倶楽部 BSプレミアム 
2018年2月2日(金)5:00-5:55am放映
(収録:2017年12月9日@武蔵野市民文化会館 小ホール)

≪プログラム≫
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31第2「テンペスト」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
デニス・マツーエフ:即興
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曲間にマツーエフ氏のインタビューが挟み込まれていまして、これが秀逸でした。
まず、今回のプログラム
これは「最もロマンティックなソナタ」による「愛のプログラム」。
この17番と31番の組み合せは、プログラムの前半、
会場のパワー、聴衆のパワーをつかむのに最適。
この組み合わせにたどりつくのに長年かかった。


ロシアピアニズムとベートーヴェンの関係
ロシアの音楽家の解釈がドイツの音楽家と違うとは思わない。(見事にバッサリ)
解釈はその人の才能によるもので、民族は関係ない。
ロシアピアニズム=ピアノで「歌う」こと。
規範原則=作曲家が求めるものを弾くこと。
流派の規範は必要ない。


この後に聴いた「テンペスト」。
納得でした。歌うテンペスト。
心に沁みるテンペストって、なかなか聴けない気がします。

演奏家として
ロマンティックな作品はそれを実践できているときに演奏しなくてはいけない。
現在(42歳)の私はもっともロマンティックな状態にある。
追体験、作曲家に対する感情移入ができる年齢。
ステージに上がる演奏家は、ある意味時空を超えた案内人であり、
200年前に作曲家が書いたことを、自分の心、解釈を通して
聴衆~今日という日、会場へ来てくれた人~に伝える役割がある。
演奏家がいなければ、作曲家が作品を書いた時の苦しみ、感情を感じることは難しい。
ロシアピアニズムは楽器の上で「歌う」芸術。
演奏というプロセスの当事者でいる、
独特な共感をもって何らかの役に入っているためには、
まっすぐで正直でなくてはいけない。
わざと何かを作ろう、今日はこういうのをしようとすると、解釈や即興は何も生まれない。
必要なのは、まず解釈のゆがみなしに、作曲家が書いたとおりに弾くこと。
でも即興性という要素も、私にとってとても大事。
ステージに出れば、すべてがゼロから始まる。
「今動き出した」という瞬間が好き。


彼が語る表現が、ずばずば私の心に入ってくるので、思わずこ~んなに書き留めてしまいました。
ほんと、その「正直さ」と「ロマンティシズム」が溢れている演奏でした。

アンコールは即興演奏。
なるほど。こういうものを「今動き出した」即興演奏というのですね。
ドビュッシー的な音色から始まって、自由に展開。
ジャズ的な要素も感じられる(ちょっと「A列車で行こう」的な箇所も)、
超絶技巧も満載で、とても音色の美しい音楽でした。
会場の熱狂ぶり、伝わってきました。

クラシック倶楽部 BSプレミアム 
2018年1月30日(火)5:00-5:55am放映
(2017年11月8日 収録@東京文化会館 小ホール)

≪プログラム≫
B.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻から
   前奏曲とフーガ ハ長調 BWV846
   前奏曲とフーガ 変ホ短調 BWV853
   前奏曲とフーガ 嬰ハ短調 BWV849
   前奏曲とフーガ イ長調 BWV864
   前奏曲とフーガ イ短調 BWV865  

シューベルト:4つの即興曲 作品142から
   第1曲 ヘ短調  第2曲 変イ長調 第3曲 変ロ長調 第4曲 ヘ短調
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アンリ・バルダ
6年前にこの番組で演奏を聴いて驚嘆し(→旧ブログ2012年8月)、
リサイタルで生演奏に接して、改めて驚愕したピアニストです(→旧ブログ2015年9月)。
これまでは、ラヴェル、ショパン、ブラームスといったロマン派の曲を聴いて
そのセンスのよい流麗さに痺れていたので、
今回のような古典派はどうやって演奏されるのだろうか……と興味津々に視聴開始。

なんだか、納得してしまいました。
何も特別なことをせずとも、自然に氏のなかから音楽が溢れ出てくるバッハ、でした。
妙なテンポの揺れも、おセンチなため息もなく、
正々堂々、迷いのない演奏。

でも私は、やはりシューベルトのほうが好きです。
歌曲のメロディーを思わせるラインの歌わせ方の、なんと甘美なこと。
ミスタッチも多少ありますけれど、それを補って余りある歌心にリズム感。

脱力のお手本のような美しい演奏姿勢に、
そして、音楽を奏でつつ厳しくその音色を確かめるような引き締まった表情に
改めて、シビレました。
ステージに登場するときの人懐っこい笑み、演奏後の幸せそうな姿にも。

クラシック音楽館
2017年11月26日(日)NHK Eテレ(地上波)21:00~23:00
鈴木秀美(指揮)、
上尾直毅(タンゲンテンフリューゲル独奏)
オーケストラ・リベラ・クラシカ(管弦楽)

(収録)2017年10月21日@上野学園 石橋メモリアルホール

曲目:
ハイドン:歌劇「無人島」序曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271「ジュナミー」
モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550(第1稿:第3段階)
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モーツァルトのピアノ協奏曲に使用された、
タンゲンテンフリューゲルという楽器に興味を惹かれて録画したものを年末に視聴(遅れに遅れ、年も明けてからのアップ、すみません💦)。
現存するのは世界に20台、日本には今回使用されたこの1台のみ。

実は私、この楽器の音色を生で聴いたことがあるのですが(→2012年10月)、
耳なじみのある曲ではなかったので、今回、モーツァルトではどう響くんだろう、と興味津々。
番組では、この楽器の弦の下から「タンジェント」と呼ばれる木の棒が、ぴょこぴょこと飛び出す様子も紹介されていました。ちっちゃな木の棒。。。なるほど、音量が小さいはずです。
「タッチの強さによって音量が変わる」点はピアノと同じですが、
その意味では、チェンバロとは弾き方も異なるはず。
チェンバロ奏者は、結局のところ「両刀使い」でいろんな古楽器に対応されてるってことですね。

さて、モーツァルト。
ピアノで演奏されるときよりも、鍵盤楽器の単独演奏(カデンツァ)箇所が多いように感じました。
曲の冒頭なんかは、明らかに違いましたけれど、実際どうなのかは定かではありません。。。
やはりバロック演奏家は、楽譜を見て演奏されるんですね、協奏曲でも。
楽譜、手作りのようにも見えました(空白部がここそこに……譜めくりの都合なども考えてでしょうか)。

鍵盤数の少ない小さい楽器でも、音量が小さくても、
豊かな世界が表現できるんだな~と、つくづく思いました。
十六分音符の羅列で、ここまで軽やかな音色を出すのは、ピアノでは大変なことです。
でも、こういう音色をイメージできるか否か、というのは大きいように思います。
大変参考になりました。

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