PIOピアノ雑記帳

ピアノ、音楽関連の話題を主とした雑記帳blogです。

カテゴリ:芸術(音楽以外) > 文学関係

沼野充義(東京大学教授)最終講義をアーカイブで聞きました。
友人からのおすすめ情報。

 

先生のご専門は、ロシア・東欧文学研究、文芸評論。
「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人――村上春樹、大江健三郎からサンギまで」
というタイトルの示すものは、というと……
  • 『1Q84』には「気の毒なギリヤーク人」と題する章があり、チェーホフの『サハリン島』を多々引用している。ギリヤーク人とはサハリンの先住民族の一つで、今はその民族語での「ニヴフ」「ニヴフ人」という呼称を使う。
  • チェーホフは、体調の悪い時期に医者としてわざわざサハリン島に人口調査へ赴き、1万人もの人を対象にアンケート調査をしているが、医学的見地に重きを置く内容ではない。このときの体験が『サハリン島』を生んだ。
  • 村上春樹は、『1Q84』において、上記チェーホフのサハリン行き(辺境への逃避)への詮索として、社会的調査を創作のネタに利用した、都会の批評家から逃げた、等々の意見を載せているが、それらはむしろ村上春樹自身の「辺境への移動」、あるいはサリン事件関係者へのインタビューに対する世の批判そのものでは?
  • 大江健三郎も、『幸福な若いギリアク人』という小説を発表している。「気の毒なギリヤーク人」という章のタイトルは、大江の作を意識しているのでは?
  • 昨年2019年秋に、サハリンで村上春樹の70歳を祝うセミナーが開催された。沼野教授も参加したが、その目的の一つが、二ヴフ人作家のウラジーミル・サンギ氏に会って話を聞くことだった。
➡動画の1時間過ぎからサンギ死のインタビュー動画が始まり、
1時間16分ごろから、突然、寄宿生だった子供の頃の自作詩を歌い始める。

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沼野先生ご自身でもおっしゃっていましたが、
この詩が実に美しい。
一聴の価値ありです。
1935年生まれというサンギ氏の話の生々しさ、その存在感に圧倒されます。

とてもわかりやすく、聞きやすく、かつ深い内容の講義でした。
「世では、最終講義というが、私のは最新講義です」
という立ち位置も、さすがだと思いました。

京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
4講    2020年1月29日(水曜日)18時30分~20時30分
「『ノルウェイの森』の過剰なる<性>」
武内 佳代(日本大学文理学部教授)

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まるで、推理小説の読み解きのようなスリリングな講演でした。
実に明快なストーリー、そしてエンタテイメント性。
ざっくりとまとめてしまえば、
「直子の死の真相は、従来の定説ではない可能性が!新説を提示してみせます」
ということ。

語り手「僕」の視点を離れて、客観的にテキストを読んでみると、見えてくるものがありますよ、と。
「僕」がから見えていないものは、読者にも見えていないという怖さがあります。
「直子」と呼び捨てにすること、
「レイコさん」と呼ぶこと、
37歳の「僕」による回想形式をとっていること、
これらすべてが、真実を読み取りにくくしているのですよ。さあ、そのベールを剥がしましょう!

直子を死に追いやったのも、
結末の「僕」の行動を支配したのも、
実はレイコさんの語り/騙りの力だったと読めますよ。

レイコさんこそが『ノルウェイの森』という小説テクストを奏でている本人だと読めますよ。
事実、作中で「ノルウェイの森」という曲を演奏したのはレイコさんですよ。


お見事!

京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
3講    2019年12月10日(火曜日)18時30分~20時30分
「村上春樹と母の記憶」
三宅 香帆(書評家)


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講演者の三宅香帆氏、25歳!
会場の中で、聴衆のだれよりも一番若い方が演台に立ってご講演。
切れ味鋭い分析に、ほほぉ~でした。

分析対象とした作品は『眠り』『羊をめぐる冒険』の2作。

1.『眠り』1989年初出
先行研究では「父権制に苦しむ女性」「妻であること、母であることを拒否する女性」の物語との読みが提示されていたが、三宅氏は
「父権制におもねり(夫に守られる妻という立場に満足していた娘が、悪夢をきっかけに、父の娘である自分を拒否する精神性を持つに至った物語」
と読む。
父権制におもねるとは、母(体形が崩れ、もはや夫の関心をひけない)の論理を「あの人のお得意の理屈」と突っぱね、自らの結婚後の夫と自分の関係を、父と娘の関係の複製のように捉えていたことを指す。
それが、「眠っていたら、老人(夫の父だと思った)に足へ水をかけられる」という悪夢を見て以来、心情に変化が。
この夢の展開の後に唐突に挿入されるエピソードが、友人の金縛りの話。
唐突な話は、何かの象徴
ここでは「夫の家に嫁として入ることを拒否された」ことが2つのエピソードの共通点。反復。

こうして目覚めた女性が、夫の庇護下にいることを自ら拒否。
不倫小説『アンナ・カレーニナ』に読みふけるのは、その象徴。
父や夫におもねるのはやめるとして、とれる道は、母におもねるか、息子におもねるか。
髪を切り、少年のように見える姿となったのは「父の息子になりたい私」を表す。
しかし、車を男たちに揺さぶられて、車を動かすこともできない姿は、男がいないと何もできない女性の立場を暗示する。

2.『羊をめぐる冒険』1982年初版
①妻と僕
「子どもなんて欲しくない」と妻に明言していた「僕」。
その妻の描き方は、
「台所」のテーブルに突っ伏す姿、
「台所」の椅子に掛けられたスリップ。
彼女が去ったあと「誰も座ってはいない椅子」を見ていると「自分が小さな子供」で「一人で残された」ように感じると描写。
つまり
台所の椅子のスリップ=妻の象徴であり、母の象徴

この作品には、
「女性が母になりというという願望を持つと、その女性は突然消えてしまう」
という法則がある。

②耳の彼女と僕
耳の彼女は「絶対に家の中では食事をしない=台所に入らない」女性として造形されている。
彼女にスリップを着るかどうか尋ねたときも、結局
「君と君の耳だけで本当に十分なんだ。それ以上は何もいらない」
と言う僕。彼女にはスリップを着せない

この彼女が忽然と消えてしまうのだが、その最後の描写は
「そして彼女は台所に消えた」
つまり、ついに台所に入った彼女が、そのまま消えてしまったことになる。
台所は母そのもの。
成熟とともに消える女性たちが、この作品の本質。

(3)鼠と僕
鼠は「台所のはりにロープを結んで首を吊った」とある。
母親の胎内で自死したことと同じ。
幕切れのシーンはジェイのバー(=台所
「僕と鼠に何か困ったことが起きたらその時はここに迎え入れてほしいんだ」
最後の僕のことば
しつけの良い子は長居をしないんだよ

成熟を拒否する、父親になりたくない男の物語。
テキスト本文とリンクさせつつ、先行研究も参照しつつのお話には説得力がありました。


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聴講を終えての写真。
丸の内口のイチョウが色づいていました。

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クリスマスっぽいイルミネーションも。



京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
2講    2019年11月19日(火曜日)18時30分~20時30分
「異議申し立てをする春樹文学」
石原 千秋(早稲田大学教育学部教授)


前回は、フランス文学者の内田樹氏が
「村上春樹のファンとして、妄想に基づく私的な考えを披露するのであって、けっして学術的な内容ではない」
といった「但し書き」を何度も口にされつつ講演されていましたが、
今回は、正真正銘の国文学者がご登場です。
あ。「国文学」という単語はもう死語に近いでしょうか?
(国文学科を卒業している私としては、ちょっと悲しい…)
日本近代文学研究者、ですね。ご専門は確か夏目漱石。

いろいろ論じられる中で、
「僕は紙の本しか読まない。僕の記憶は、手に残る紙の触覚と連動している」
「小説について論じるときは、少なくとも100回はその本を読んでいる」
「100回も読めば、あの厚みの本のあのあたり、右側のページのあのへんにこう書いてあった、という感覚が残る」
と、さらっと語られたのが印象に残りました。
なるほど~。
超スピードで読んでは、さっさと忘れてしまうという読み方(私です)では、文学など論じることはできないわけです。

論の中心は『騎士団長殺し』
第1部「顕れるイデア編」と第2部「遷ろうメタファー編」に分かれている、
その「イデア」とか「メタファー」という言葉をキーとして「読み解く」という内容。

うー。
さすが哲学的で、なかなか難解でありました。
以下、覚え書きです。


【イデア】=ラング(全体) 上官(騎士団長)・天皇
【メタファー】=パロール(部分)兵隊・国民

こういう図式で捉えうる。
軍隊の構造を使った小説。
つまり、「象徴性天皇殺し」、天皇制批判小説とも読み取れる。

◆ヴィトゲンシュタインの考え方でいくと、
「説明はしない。定義もできない」(ラングには言葉は届かない〕
「例なら挙げられる」(メタファーとしてラングに迫ることはできる)
不完全であることによって、生きたパロールになる(言葉はパロール

高度に象徴的な、頭脳を使わないと読み解けない構成をとっているが、
イデアとメタファーを辿っていけば、分かる人には分かる。
こうしておけば、右翼からの攻撃などを避けられる。

「上官」「兵隊」には、村上春樹が父(石原氏と同じ「千秋」という名前)が南京陥落のときに一番乗りした部隊に所属していたと思い込んでいたが、実は違っていた、という事実が影響している。
戦争への意識は、春樹の作品に濃厚。

ラング=イデア=メタファー
「ラングとしての騎士団長」→騎士団長殺しは父親殺し
「ラングとしての妹」→すべての女性は妹(既に死んでいる)に続く
こうして「現代社会批判」をおこなっている

かつての村上春樹は、語りたいことを「読者に丸投げ」して、自ら語ることはしなかった。
しかし、『騎士団長殺し』では、分かる人には分かるような形でしっかりと語っている。
村上春樹は変容したのだ。


【メタファー(象徴)】の語り方
  • コノテーション=愛情、情熱
  • デノテーション=バラ
  • 「花見をする」:「花」の中に「桜」=全体が部分を表す
  • 「パンを稼ぐ」:「パン」は「生活費」の部分=部分が全体を表す
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21時近くの丸の内です。
この日、午前には仕事をびっちりこなし、午後からは1時間半のピアノレッスンをうけてこちらに駆けつけ、なかなかヘビーな講義を聴いた私、さすがにへとへとになりました。

京大レクチャーズ Series 1
村上春樹を読み解く
1講   2019年10月31日(木)18時30分~20時30分
「村上春樹の系譜」
内田樹(神戸女学院大学名誉教授)

わが誕生月の10月も終わります。
例年、誕生日となると、
ファッションセンスに欠ける私に、母&妹が何かしら見繕ってプレゼントしてくれていたのですが、
今年はどうにもその時間が取れず。
じゃあ、と二人からお小遣いが届いたのをいいことに、
こんなレクチャーに投資してしまいました。
(実は趣味のみならず、仕事直結の投資でもあります)

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東京は丸の内の新丸ビル10階に、
京都アカデミアフォーラムという洒落たセミナーホールがあるのですね。
初めて知りました。

内田樹氏、
革ジャン姿で颯爽と登壇。
喉を痛めていらして、肺炎寸前と言われた、などとおっしゃりつつ、
お話そのものも、性能抜群のバイクをソフトに乗りこなしていく感じ。
よどみのない語り口、お見事でございました。

会場との質疑応答にも舌を巻きました。
フロア側から、ズバズバ直球で切り込まれた質問に、
たじろぐことなく、真正面から対峙。応答。
なるほどの例、おおお~!な体験談など交えつつ。

知の応酬を見た!という感じ。
これ、なかなか遭遇できないことです。
身内の研究会などだと、なあなあの馴れ合い応答も多いですし、
質問に向き合わず、ズレズレの答で誤魔化す人は枚挙に暇なし。
(国会中継の首相の応答なんか見ると、怒りを通り越して悲しくなる。。) 
久々に遭遇した爽やかな質疑応答に、スカッとしました。

村上春樹の小説は、
「あるテーマを追求し、イマジネーションを駆使して”無”から創造した個人の作品」
という文脈で理解しようとしても、だめだよ!

小説すべてが、村上氏個人の内部から現れたと捉えると、その世界は理解できない。
彼の小説の骨格は、脈々と日本語の中に息づいてきた上田秋成的世界、つまり個人の外の世界から来たもの。
母語話者だからこそわかる、外界からのシグナルをキャッチすることで構成されたもの。
その構成を、日本語の世界に「深く深く下りていく」ことで身につけた抜群の語法で磨き上げることで、彼独自の世界が生まれる。

「大事なものをなくしてしまった」喪失感、それはUniversal。
だからこそ彼の世界は国境を越えて共感を呼ぶ。


今日の骨子を乱暴にまとめると、こんなところかと。
ほんとはもっともっと、いろんなポイントがあったのですが。

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こんな景色の中、帰路につくというのも、たまにはいいもんです。
それにしても、早朝から交通トラブルに翻弄された本日は、実に長い一日でありました。

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10月20日(土)の記録の続きです。
こちらの文学館は、草間彌生美術館から徒歩ですぐ。
こちらもまだ新しく、開館1周年。
漱石の執筆機関11年のうち(こんなに短かったのですね…)9年間、死を迎えるまでの晩年(といっても40代)を過ごしたその場所に復元された建物です。

先日読んだ『漱石の長襦袢』の著者のご両親、漱石の長女夫妻に関する特別展が行われていました。
この特別展への入場料が300円。
常設展だけなら入館料無料という太っ腹な文学館です。
そして、常設展だけでも十分に見ごたえがあり、8分程度にまとめた映画2作(漱石の幼少期を扱ったものと、漱石の弟子たちを描いたもの)が秀逸だと思いました。

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こちらが漱石の書斎の復元。
ベランダの空間、手すりなども復元されていて、モダンな雰囲気が漂います。
そこここに黒猫のモチーフが出てくるのも可愛らしく。

漱石関連の本を収めた地下の図書館、
コーヒーを飲みながら、書架の本が読めるブックカフェ、
もし自宅の近所だったら、いそいそと通ってしまうかも~。

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