焦 元溥(チャオ ユアンプー)著 森岡 葉 訳 アルファベータブックス 2016年
20170912book
第1部はアジアのピアニスト5人(ダン・タイ・ソン、フー・ツォン、イン・チェンツォン、クン=ウー・パイク、チェン・ビシェン)、
第2部はフランスのピアニスト5人(ピエール=ロラン・エマール、ブリジット・エンゲラー、ロジェ・ムラロ、ジャン=イヴ・ティボーデ、ジャン=エフラム・バウゼ)、
第3部はアメリカのピアニスト4人(ロザリン・テューレック、ルース・スレンチェンスカ、バイロン・ジャニス、レオン・フライシャー
という構成。

ダン・タイ・ソンについてはいろいろ読んだり見たりしていましたが、ハノイ音楽院ピアノ科の主任教授であった母上が「プラハで学んだことがあり、ベトナム語のほかに、フランス語、チェコ語、ロシア語、日本語、英語」と「中国語も少し」話せ、「99歳の今もかくしゃくとしていて」「2016年11月、ハノイ音楽院(現在のベトナム国立音楽院)の創立六十周年を祝い演奏会で、ショパンのマズルカを弾きます!」というほどの方だったとは。父上は「前衛的な詩人」だといいますから、まさに芸術一家のサラブレッドなのですね。
モスクワ音楽院ではポゴレリチと親しくつきあっていた(国籍がユーゴスラビアのポゴレリチは「西側」のレコードを所持していて学生たちに人気)が、1980年のショパンコンクール後はまったく関わりがなくなったとか、ドビュッシーの繊細でデリケートな感性は東洋の美学に通じるものがあるとか、カナダに移住したのは、「日本の聴衆は私を愛し、私がうまく弾けないときでも大きな拍手をしてくれるので、自分が怠惰になることが恐くなった」からだとか、淡々と、深い内容が出てきます。

 私たちにはもともと私たちの長所があるのです。アジアの国々はそれぞれ違いますが、いずれも豊かな文化と歴史を持っています。東洋人は、往々にして西洋人より繊細で敏感です。(中略)
 私たちには、横に流れる旋律を美しく表現する優れた感性がありますが、縦の方向の和声に対する感覚は不足しています。自分たちの長所と短所を自覚して、よいところを発揮し、足りないところを補いながら技巧を磨いていけば、これからもすばらしい東洋の音楽家が生まれると思います。(p.56)

 現在私がどこにいるのか、あまり多くの人は知りません。私は三度の食事にも事欠く戦乱の日々を経験し、さまざまな苦しみを味わったので、今の生活すべてに満足しています。名誉や利益を求めたことはありません。そういうことを考えなければ、静かな生活を送ることができます。私には大それた望みはなく、ただピアノをうまく弾きたいと願っています。もしも私の演奏を喜んで聴いてくれる人がいたら、それだけで幸せなのです。(pp.59-60)


ダン・タイ・ソンって、こういう人なのですね。
続くフー・ツォン(ショパンコンクールにアジア人として初参加、初入賞@1955年)も、共通するような話をしています。

私が和声を重視するのは、そこから作曲家の思考を読み解くことができるからです。(p.65)

 装飾音の演奏も、和声と深く関係しています。旋律を重視して装飾音を入れるか、和声を重視して装飾音を入れるかで、拍のどこに入れるかが決まります。(中略)
 ピアニストは和声の指示に従って旋律のフレージングを考えるべきで、ひとつの和声はひとつの旋律のフレーズの歌唱に呼応しています。それこそが、音楽の意味だと思います。
(p.66)

そして、ショパンの記譜法や解釈、「ショパン独特の語法」についても実に明快に持論を語っています。さまざまな指導の手跡が残っているのは「ショパンが生徒たちの個性に合わせて書き込んだ指示」であるためで、時に彼自身が記譜とは異なる形の演奏をしたのも、作曲家と作品の意図を探求すれば、「彼の弱音は強奏と同じ意味なのです。大声で叫ぶことと、冷静に言葉少なく語ることは、強調するという意味で効果は同じです。」ということになります。納得。

韓国のクン=ウー=パイクも次のように語ります。

(できる限り色眼鏡を外して、あらゆる音楽を鑑賞すべきという点で)私がアジア出身であることは短所ではなく、むしろ長所ではないかと思うのです。アジアの芸術家として、私は東洋と西洋を併せ持つことができるのではないでしょうか。西洋の芸術は積極的で直接的ですが、東洋の芸術は魂を探求する内省的なものです。両者の対比は陰と陽のようです。両者を結びつけることができればすばらしいと思います。(中略)
 私は「傍観者」として、何の制約も受けずにあらゆる文化を自由に探究できます。アジアの芸術家が西洋の芸術に新鮮な水を注ぎ込み、独創的な表現ができると信じています。(p.170)

フランスのピアニストたちは、
現代音楽を演奏する意味、現代音楽の作曲家たちからの助言や彼等との交流、
フランスとロシアとの楽派や演奏法の差、
多くの音楽家やアーティストたちとの親交や、ライフスタイルについて語り、

アメリカのピアニストたちは、
バッハの演奏スタイルのあるべき姿や、
東西冷戦時代に、ソ連で学んだり公演したりすることの大変さ、インパクトの大きさ、
病を克服する道のり、演奏活動以外の社会活動や作曲活動について語っています。

印象に残ったのは、バイロン・ジャニスの次のくだり。

 ショパンの音楽はポーランド語の「ジャル(Zal)」という言葉に象徴されます。「ジャル(Zal)」というのは訳すのが難しい言葉で、20ぐらいの意味が含まれています。悲哀、憂愁、怒りのような感情すら……。「さまざまな思いが入り混じった深い哀しみ」とでも訳したらいいでしょうか。ショパンの音楽にはそのような哀しみがあふれ、精妙な色彩の中でデリケートな心の動きをとらえなければなりません。(中略) 
 彼は演奏しているとき、「ピアノを弾いている」という感覚はなく、魂を表現しているという気持ちだったのではないでしょうか。彼は演奏しながら現実世界から遊離していたのだと思います。(中略)現実ではないどこか……、「あそこに」という感覚は、ショパンを演奏するときにもっとも大切です。この世から超越した何かを表現しなければ、聴く人に感動を与えることはできません。(p.406)


そして、著者による次のくだり。

 楽曲の構造を考えて設計するのは、創作者が自身を規範で縛り、完全に合理的な概念で作品を発展させていることを示すため、あるいは一貫性のある緻密で美しいストーリーを描き出すために必要なことだが、鑑賞する人間は、必ずしも作曲技法を理解する必要はない。 
 この問題について、私は何度も質問されたことがある。「私には楽曲の構造やモティーフの変化を聴き取ることができません。どうやってクラシック音楽を聴いたらいいのでしょう?」と聞かれると、私は「梁や柱がどのように設置されたか、排水システムがどうなっているかを知らなければ、建築物を鑑賞できないと思いますか?」と答える。(中略)音楽のようにきわめて抽象的な芸術は、自分自身のやり方で「理解」すればいいのだ。絶対的な答案や鑑賞法などないのだから。(p.360)


あらゆる人にとっての人生への示唆に富むとともに、アマチュア音楽愛好家への励ましにも満ちた内容だと思いました。